久々野 こころ

■人間観察に学ぶ恋愛イロハ■恵まれている人は恋愛への情熱が薄い?

ある日のバーでスーパーマンのような男性に遭遇した。勝手に話を聞いていた私でさえも、その男性に対して「完璧な人じゃないか」と思ってしまうほどだった。しかし、彼は意外な理由から恋愛に対しては完璧ではなかった。

 

■人間観察27:恋愛に消極的なスーパーマン

彼氏いない歴923日と8時間32分……。バーで2人組の男性と遭遇した。昔からの友人同士で久しぶりに再会したのだろうか、互いの近況について楽しく報告しているようだった。1人の男性は仕事に恋愛にと順風満帆であるようだったが、もう片方の男性は恋愛でうまくいっていないようだった。彼の会話の内容からは「恋愛でうまくいかない」というよりは「恋愛で頑張る気になれないし、別にそれでも良いような気がする」と恋愛に消極的な姿勢が伺えた。

というのも、彼の言い分は「収入はあるし、むしろ稼いでも使う時間があまりないからどんどん貯まっていく一方だ。だから、欲しいものも割とすぐに手に入れられるし、そもそもあまり物欲がない。そこそこ外見にも恵まれていることもあって女性には困らないから、自分から恋愛を頑張ろうという気にならない。そもそも誰かと交際したいともあまり思わない」だったからだ。その言い分に対して相手の男性は「本当に好きな人なら考え方も変わるかもしれないけれど、恋愛を無理にすることはないよね」と結論づけていた。

たまたまその場に居合わせ、勝手に会話に耳を傾けている私は「こんなスーパーマンのような完璧な男性は、もはや恋愛に対する気力さえも抱けないのか」と驚いてしまった。ありとあらゆる面で恵まれていると余裕ができ、恋愛にも積極的になれると勝手に想像していただけに彼の恋愛への消極的な姿勢は意外だったからだ。それに、もはや恋愛に何も求めなければ恋愛に対する情熱さえも失うのかと怖くもなった。スーパーマンのような男性は私と何もかもが違っているからこそ、これらは「未知なる者との遭遇」による感情なのかもしれないが。

 

□自分に足りないものを補おうとするのが恋愛だとするなら

恋愛や出会いの場面において、一般的に「自分に無いものを持っている人に魅力を感じる」と言われているように思う。言わば「無いものねだり」の延長線上なのかもしれないが。この一般論は私にも当てはまっていると言えるし、私自身も心の底から「その通りなのかもしれない」と感じる。なぜなら私は「私自身の人見知りでコミュニケーションが下手な部分を補ってくれる、私とは真逆のような人と付き合いたい」と考えているからだ。

私は人見知りで人とのコミュニケーション能力が低い。恋人との交際どころか出会いの場において全くと言って良いほど適正の無い私だが、人並みあるいはそれ以上に恋愛をしたい・恋人と幸せになりたいと願っている。純粋に愛されたい、大切にされたい……そういう純粋な気持ちも当然ある。ただ、恋人として求める理想像が「コミュニケーション能力が高い人」であるのは、私自身の対人関係におけるコンプレックスに由来しているのかもしれないと感じる。

人見知りでコミュニケーションが下手だからこそ、それを補ってくれる人を求めているのではないか。あるいは、こんな私でも良いと言ってくれる人と出会い付き合って、自分自身の嫌な部分に対するマイナスな感情を少しでも和らげたいのではないか……ひょっとすると恋愛は「自分自身で足りないと感じるものを誰かに求める感情」が大いに関係しているのかもしれない、いや極端な話をしているのは百も承知だが。

 

□恋愛への絶望を抱くほどに現実が私に突きつけたもの

恋愛というかたちから自分に足りない部分を補おうと相手にいろいろと求めるのだとすると、逆にありとあらゆる面で満ち足りている・満足感を抱いている人は恋愛への意欲も削がれると想像すればわからなくもない。自力で成し遂げた現状に満足しているのだから、わざわざ他人に何かを求める必要はないはずだろう。何もかもで自己完結させられるのだから。ただ単に恋愛は友人関係よりも複雑で、さらに相手がいなければ成り立たないものであるだけで。

むしろそれほどまでにバイタリティが溢れている人であれば、恋愛や出会いの場面で相手に求める条件も高くなるはずだ。その条件を満たす人と出会う確率はきっと高くはないはずだろうし、かと言って探し出すのも一苦労だろう。あの日出会った彼は「効率を何よりも重視するタイプの人間」に映ったから、余計に恋愛への情熱が持つことができないのかもしれない。恋愛にかける労力、自身が相手に求める条件、それらを踏まえて得られる結果を天秤にかければ自ずと恋愛に対して消極的になるはずだから。

ただ、恋愛でよく言われている(今はもうそんなことは無いのかもしれないが)「女は男に追われないといけない」という風潮のようなものは、あの日出会った男性のようなタイプには全く通用しないのだろう。いや、私は追わせるほどの対人スキルもなければ、魅力的な何かがあるわけでもないから夢のまた夢の話だが。本当に満たされている人こそ私のような人間を相手する余裕があるのかと勝手に感じていたのは、究極的な希望的観測だった。現実はその真逆で、余裕のある人ほど恋愛自体への意欲すら抱いていないという現実を突きつけられ、もう私はどうすれば恋愛に辿り着けるのか、恋愛のためにどうすれば良いのかがわからなくなった。現実はまったく甘くもなければ、情けもないのだから。




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