霜降 どいや

《出会いに夢見るおっさん女子》「恋愛での普通」が違うと悲劇を生む

考え方や価値観など内面的な要素が似ている人のほうが、恋愛や恋人関係が続きやすいとはよく言われてるよな。それに、幸せな恋愛に繋げる・続けるには「恋愛での考え方も似ている」ことも大切だと思うんだよ。「恋愛での普通」が違うから苦痛に感じた交際がたくさんあったからな。

 

・恋愛や交際をうまく進めるコツとしての価値観

考え方や価値観が似ている人との恋愛のほうが、トラブルも喧嘩も少なくてうまくいきやすい。そりゃあそうだよな、恋人っていう特別な存在なんだから一緒に過ごす時間も長いし、共に過ごす時間がながければ少しのすれ違いでもストレスに繋がりやすいんだからよ。だいたいの考え方が合っていたり似ていたりすれば、少なくとも「全然違う価値観だからこそ不満を抱く・ストレスに感じる」って部分のメンタル的な負担は減るんじゃねえのかな。

こういうものの考え方だとか価値観だとかは交際する前にわかるもんだよな。それこそ出会ってから友人として関係を続けたり、友人としての交際から恋愛感情を抱いたりするまでの過程でなんとなくわかる。むしろ、いろんな場面で相手のことを知っていくたびに「この人と私とは考え方が似てる気がする」「価値観から似ているから無理をせずに済むし、そばにいて居心地が良い」って感じることで相手に恋愛感情を抱くことも多かった。

冒頭にも書いたけどよ、世間一般的にも恋愛をうまく続けたり幸せな恋人関係を続けたりするには、「考え方や価値観が合う人の方が良い」って言われてんじゃん。だから余計に性格や考え方の内面が似ている人には恋愛感情を抱きやすいのかもしれねえな。実際、そんな風に感じられる人なんてそうそう無えんだし。でも、恋愛に発展する前の段階で「価値観や考え方が似ている」と思えられた人と付き合ったとしても、「いざ付き合ってみると恋愛の場面での考え方が全く違う」ってことがあるから厄介なんだよな。

 

・「好きだったら〇〇するよね」と言われても

ものの考え方や価値観はその対象ごとに様々なもんがあると思うんだけどよ、恋愛で特に厄介だと思ったのが「実際に恋人としての交際を始めてみねえとわかんねえ価値観」。中でも「好きだったら普通〇〇するよね」っていう「恋愛での普通」に関する考え方がもう複雑すぎるから、そのせいで恋愛が面倒なおっさんになったって言っても過言じゃねえよ。

例えば、「恋人の誕生日とか交際記念日とかの特別な日をどう捉えて何をするか」だ。私は現時点で自分の年齢すらパッと出てこねえくらい、とにかく数字に弱えからよ、記念日とか誕生日とかの類を覚えるのには、人の何十倍何百倍も時間がかかる。だから、付き合ってまず言うのが「すまんが記念日がまじで覚えられない、覚えるまでに時間がかかる。だから忘れていたとしても悪気はないし、むしろ覚えていることが奇跡だと思ってくれ」ってことだ。相手に誤解とかショックとかそういうのを与えないために。恋人はその時には快く了承してくれていたが、実際に誕生日や記念日を迎えるとなると「普通恋人の誕生日くらい覚えておくでしょ」とか「好きだったら交際記念日を忘れるわけないでしょ」とか言われるんだよな。

いやいや、その普通ができねえんだよ、まじで数字に弱くて脳に何らかの欠陥があんじゃねえのかって自分でも思えるレベルで。それに付き合ってまず言ったじゃん、記念日とか誕生日とか覚えるのが苦手だって。悪気はねえって言ったじゃん、愛の力で数字の弱さを乗り越えられるならとっくの昔にしたっつーの。ってな感じで何度思ったことか。昔の恋人の中には交際記念日を月に一回カウントするんじゃなくてよ、毎月付き合い始めた日を「交際して〇ヶ月」とカウントする奴がいた。もう我々は生まれて間もない幼児かよ?とか月命日感覚かよ?としか思えなかったよな。

 

・「恋愛での普通」の厄介さを克服するには

こういう「好きなら普通〇〇するよね」「恋人同士なら普通〇〇でしょ」みたいな価値観との違いを痛感した出来事は、さっきの引用例以外にも山ほどありすぎた。私が相手に「なんだよそれ普通じゃねえよ」と感じたのと同様に、その時々の恋人たちも私に対して「こいつ彼女のくせに普通のこともできねえのかよ」って思っていたのかもしれねえな。何にせよ、相手にとっての恋愛での普通が私にとって普通でないかもしれねえし、その逆も十分にあるだろうし。少なくとも私は過去の恋愛で、というか恋人としての交際を始めてから「お前の普通は私の普通じゃねえんだよ」と数えきれねえくらい思ったもんだ。

たとえ付き合う前に考え方が似ていると思えた人でさえ、この「恋愛での普通」に関しての考え方や価値観が違っていた。よっぽど私が恋愛に向いてねえのか、特殊すぎる人と付き合ってきたのか……はたまた互いに違う価値観や考え方を受け入れたり理解したり妥協し合ったり、そういう歩み寄りを恋愛のそれでしなかったからなのか、私は恋愛で疲れたから今の状態にある。

あの時々の恋人と「恋愛での普通」を普通だと受け入れていれば、逆に「それは普通じゃねえよ」と伝えて少しでも考え方を擦り合わせていれば、と思わなくはねえよな。こういう恋愛での価値観は、実際に恋愛をしたり恋人になったりしないとわかんねえから余計に困る。私が相手にそう思ったように、相手もそう思ってんのかもしれねえけど。もしかすると、付き合う前から「恋人として付き合い始めた場合、私はこのような人間です」ってプレゼンをするのが1番互いにとって良いのかもしれねえよな。




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