霜降 どいや

《出会いに夢見るおっさん女子》一周回ってプラトニックな恋がしたい

日に日におっさんみたいになっていて恋愛が面倒な私だけどよ、最近はプラトニックな恋愛に憧れてるんだよな。過去の恋愛の影響や、最近の私の心情の変化でプラトニックラブへの憧れが高まっている気がするよ。

 

・恋愛が面倒な今の私が憧れる恋愛

もう年々というか日に日にズボラ加減が悪化していて、女として終わっている感が否めねえ。恋愛はもちろん面倒だし、モテだとか恋愛とかはこれっぽっちも気にしてねえ。つーか、それ以前に様々なことに手を抜きまくってんだよ。こんな私がもう一度恋愛をすることができるのか、それがイメージできねえレベルで。毎日の生活ではおっさんに拍車をかけまくっているし、そのズボラさをどうにかしようなんて毛頭考えてねえけど、最近やたらとプラトニックな恋愛に憧れるんだよな。もう恋愛が面倒で面倒で仕方がなくなって、それが一周回ったせいかどうなのか私にはあんまり分かんねえんだけど、とにかくプラトニックラブにめちゃくちゃ憧れるんだよ。

私がこれまでに経験してきた恋愛の中で、プラトニックラブと呼べるかもしれないものは幼い頃の恋愛のような何かだけだと思う。男女のなんやかんやを少女漫画やドラマそれに映画や小説なんかで知ったものの、経験したことがなくてあくまでもイメージでしか知らない……けれどそういう恋愛に憧れていたあの頃の恋愛が、たぶんプラトニックラブになるんじゃねえのかなって。それ以降の出会いや恋愛それに恋人関係では、男女のなんやかんやが大いに関係していた。

 

・恋愛が面倒になった理由が「男女のなんやかんや」かもしれねえから

今の私がプラトニックラブに憧れるのは、恋愛が面倒になった理由が「男女のなんやかんや」にあるからかもしれねえんだよ。恋愛や出会いに必死だった昔は恋愛思考に縛られていた。そのせいで「女だから◯◯であるべき」とか「彼女なんだから彼氏には△△しないといけない」とか「異性にモテるためには□□な格好をしよう」とか、そういう考え方にがんじがらめになっていた気がする。

それに「恋人がいない私なんて」「恋愛を楽しんでいないなんて」っていう恋愛思考があったからこそ、最終的に恋愛が面倒になってしまうほど出会いとかモテとか恋愛とか、それらに関係する男と女のサムシングに翻弄された。まあ、恋愛思考の私が「そんな考えに囚われてまで恋愛をしなくても良い」と気付けなかったガキだったってことが、「恋愛が面倒に感じられるほどおっさんみたいになった今の私」に至る失敗の原因なんだろうよ。自業自得っつーかさ。

ひょっとすると、男女のなんやかんやに翻弄されて疲れたっていう理由以外に、「過去の恋愛のほとんどが男女のなんやかんやで失敗したから、それを抜きにした一人の人間として精神的に愛し合える関係なら大丈夫かもしれねえ」「プラトニックラブはあまり経験したことのない恋愛の形だし、成功する可能性が残されているかも」っていう浅はかさというか無いものねだりな感情が根底にあるのも否定できねえ。

 

・プラトニックラブに憧れる反面、立ちはだかる現実問題

プラトニックな恋愛っていうのは、あくまでも私の想像では「性が芽生える前の幼い頃」あるいは「年齢から性への関心が少なくなった高齢」のいずれかですることが多いって思ってんだよ。今の私はどちらの年代にも当てはまらねえ。でも、今の私はプラトニックな恋に憧れてんだよ。で、プラトニックラブが多く行われる傾向が上記の私の想像通りとすると、今の私が恋愛対象になる人(恋愛は同年代としたいと思っている)もまたプラトニックラブを求めるには遅すぎる・早すぎる年代なんだよな。

これらを踏まえると、こんなにもプラトニックラブに憧れている今の私は、同年代との恋愛でそれを求めるのは難しそうだし現実的じゃねえんだよ。本当にドラマやら映画やら小説やらの架空上のストーリーよろしくな展開がない限り、同年代の人との出会いからプラトニックラブを謳歌するのは無理そうなんだよ。つっても、プラトニックラブっていうのが本当のところどういうものなのかっていうのを明確に把握してねえから、想像するしかねえんだけどよ。子供の頃の恋愛ごっこもプラトニックラブにカウントされるのかもしれねえ。でも、互いが一人の大人としてプラトニックラブをする方法が全然わからねえんだよ、イメージとしても。

そもそも「プラトニックラブに憧れる」「プラトニックな恋愛がしたい」こんな考えになってしまっているのは、「実は寂しい」って気持ちに気づかない・無自覚なふりをしているのかもしれねえよな。けれど事実として過去の私は、散々男とか女とかそれらにまつわる何やかんやに悩んだり不満に思ったりしたからこそ、「一人の人間同士が互いに精神的に愛し合える、そういう関係」に憧れていることだって考えられる。でも、恋愛を知ってはいるものの「続けられなかった」「終わらせてしまった」っていう中途半端さのせいで、プラトニックラブをどうすれば実現できるのかわからねえし、今の年齢でそれを求めるのはハードルが高すぎるのかもしれねえ。現実を見据えると、やっぱりプラトニックラブへの憧れは憧れでしかねえのかもな。




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